質疑応答集



カテゴリ:[ 子供/学校/教育 ]


124件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[124] 人の話をそのまま理解するには

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月25日(金)14時17分22秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

    Q42
 人の話を自分で解釈しないで、本当にそれをそのまま理解する方法があれば教えてください。

A42
 いいですね。これはいいことだと思います。最近、僕はこのことにすごく関心があるんです。どういうことかと言うと、丸暗記するということに。今の学校教育の中では丸暗記することがなくなったんですが、昔は勉強するということは丸暗記することだったんです。インド人の医者の友だちがいて、彼はインドの伝統医学をやっています。アーユールヴェーダーと言って、漢方医学のようなものですが、彼はアーユールヴェーダーというインドの医学書を丸暗記しています。それは詩で書いてあって、日本語で言えば七五調みたいなもので、口調はリズムがあっていいですが、量はものすごく膨大なんです。電話帳3冊分くらいを頭から全部覚えている。
 例えば、「風邪引き」について質問すると、「アーウーアーウー…」と唱え始めます。その章の頭からしか思い出せない。歌だってそうでしょう。歌だって途中からは思い出せないので、頭の部分から歌いだして思い出しますね。
 仏教のお経も、多くはインドから中国に伝わるときに、書かれたもので伝えられたんじゃないです。翻訳した三蔵法師なんかが暗記していたんですね。その暗記していていたのをただ中国語に訳した。だから元の本は残ってないんです。もともと、元の本なんてないんです。そんなふうに、昔の人々は膨大なものを暗記しました。日本人だって、例えば『論語』を全部暗記している人は、そんなに珍しくなかった。ああいうものを暗記することの良さがあります。私のお婆さんは、曹洞宗の信者で、小さいときから『修証義』という日本語のお経を毎朝読むんです。あんなのは子どもが聞いているとすぐ覚えちゃう。20分くらいのものです。それくらいなら、子どもの頭は何も入ってないから、すんなりと入ってしまう。意味も何もわからないけど。今でも覚えています。
 そうやって丸暗記して覚えておくことのいい点は、その意味を何度も発見すること。『修証義』なら『修証義』で、そのある部分の意味が、「あ、そうなんだ。これはこういう意味なんだ」とあるときふっと気がつく。だから、どんどん“読み”が深くなっていく。でも暗記していないと、それは絶対に起こらない。昔の人は、孔子聖人の『論語』を暗記したりして、「故キヲ温メテ新シキヲ知ル」なんて言っていると、その意味をただ頭で理解しただけでなく、生活の中で、「あっ、このことなんだ」と、体で理解するチャンスが何度も何度もあったと思うんです。そうすると、すごく自分のものになっていくんです。
 鎌田 穣さんたちと言っているんですが、七五調のすぐ覚えられるアドラー心理学の暗記教材を作ったら面白いかもしれませんね。(浩→作りましたね。「基本前提の歌」「勇気づけの歌」「共同体感覚の歌」)
 言葉をすっかりそのまま暗記してしまうということはすごく大事なことで、何度も何度もそれを噛みしめる中で、何度も何度も違った側面を見ることができる。ですから、自分の好きな言葉をぜひたくさん暗記してみてください。
 暗記のコツはたった1つ。暗記というのは、喉の筋肉が覚えるんです。これは心理学的にそうです。水泳の仕方とか自転車の乗り方と同じで、筋肉の仕事です。だから、目で黙読しただけでは覚えない。また、声に出して繰り返せば必ず覚えます。昔の人は暗記しようと思ったら、声に出して節をつけて何度も読みました。とても簡単です。かなり長いものでも、毎日声に出して音読していれば覚えてしまいます。昔、うちの子どもが3人ともどういうわけか『桃太郎』の話が好きで、「昔々あるところに」って3人が口をそろえて言うんです。完全に暗記していました。
 人によって早く覚えられる人と、ゆっくり覚える人がいます。けれど覚えられない人はいません。




[123] 素直になるには?

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月23日(水)19時13分41秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

                                    質疑応答集05

Q41
 素朴になるため、素直になるために、どういう行動を積み重ねたらいいでしょうか?

A41
 こんなことを考えている限り、きっと素直にはなれませんねぇ。僕たち精神科医が一番手こずる患者さんは、対人恐怖症の患者さんで、自分の顔つきが不自然だとか、目つきが不自然なので、何とか自然にしたいと思って来る人です。「私は顔つきが不自然なのでみんなに嫌われます。先生、どうしたら自然な顔つきになるのでしょうか」と言う。
 自然な顔をしようと努力すればするほど不自然になるんです。努力をやめさえすれば自然になります。でも、その人は自然になるためにあらゆる努力をするんです。で、ますます何が自然だかわからなくなる。これは、それと一緒です。
 素直に生きたいとか、素朴に生きたいとかという努力をしたらいけないんです。まず、人間関係の正しい知識を身につけることが必要だと思います。それから、急がないこと。それが醸し出されなくてはいけない。人から聞いた知識が頭に詰まっているという段階では、まだもう1つなんです。
 例えば、アドラー心理学を学んだら、その学んだ知識が少しずつ時間をかけて体に染みついていくでしょう。その間は焦らないでくださいね。「できない、できない」と自分を責めないでいると、自然にできてくるんです。体に染みついてしまったら、それが自然になります。それには時間がかかる。何年もかかる。それはそれでOKです。心が自然にそのように動くようになるまで、ただボーッと待つことですね。
 ある禅の講話ですが、あるお弟子さんが悟りを開いたんです。それでお師匠さんに、「ついに悟りました。もう私は悟りましたので弟子を取って教えていいですか?」と言った。「ちょっとそれは早かろう。あなたが悟ったとしても、まだ人に教える力はないだろう。だから10年間まだ修行しなさい。そうすれば弟子をとって教えてもいいだろう」とお師匠さんが言った。すると、その弟子は10年間指折り数えて待っていた。早く自分も弟子を取って教えたくてしょうがない。ついに10年がたち、お師匠さんのところへ飛んで行って、「10年がたちました。もう教えていいでしょうか?」と聞いた。するとそのお師匠さんは、「君は今、下駄を玄関の右に脱いだか、左に脱いだか?」と聞いた。そのお弟子さんは覚えていないんです。10年を指折り数えて待つことばかりをして、普段の生活を全部忘れてしまっている。だから、悟ったこともいつの間にか全部ご破算になってしまった。10年間を数えないで焦らないでいたならば、きっと身についたと思う。
 知識を持つと早く人に教えたくてしょうがなくなるんですが、そういうことはやめましょう。自分の中でそれが醸し出されて、良い味になってくるのを待ちましょう。私(野田)が言ったことや書いたことを、そのままオウムさんみたいに、テープレコーダーみたいに言うのではなくて、自分の言葉になって自然に出るようになるのを待ちましょう。



[122] アメリカにいたせいで、国語力が乏しい中1男子

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月22日(火)09時03分12秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

    Q40
 友だちの子どものことです。中1の男の子が無気力で、母親が「勉強しなさい」としつこく毎日言っていますが、ただ机の前で鉛筆を持ってずっと座っているばかりです……。
A40
 瞑想状態ですね。この子は将来大物になるかもしれない。
Q
 この子は、小学校1年から5年までアメリカにいたせいで、国語力が乏しいというハンディがあります。友人としてどうアドバイスしたらいいでしょうか。
A
 このお母さんには育児の勉強をしてもらうとして、帰国子女というのは今問題になっています。外国の教育システムと日本の教育システムがいろんな点で違うので、テンポが合わない。アメリカだったらまだ幾分マシだけど、インドネシアから帰ってきた子どもたちは、とてものんびり勉強します。日本はとても急いで勉強しているので、途中で帰ってきたら、とてもしんどいです。だから、のんびり勉強して、のんびり追いつく覚悟をすること。同じ速度で走ろうと思わないこと。
 何も、ある年齢にある教材を一緒に勉強しなくてはならない理由はない。小学校2年生になった子どもが全員、九九を覚えなければならないという理由はない。もっと早い時期に九九を覚えたくなる子もいるし、5年生くらいまで覚えたくない子もいる。それはそれでちっともかまわないし、要するに大人になったときまでに仕上がっていればいいわけでしょう。だから、慌てなくていい。日本の場合には、原則的に留年はないし、達成度評価でないし、また子どもが落ちこぼれたときの救済策を学校は持っていないので、結局ついて行かせるという妙なことになってしまっている。
 “アドラー学校”というのが世界にいくつかあります。ここは完全な達成度評価です。6年なら6年間のカリキュラムを200か300に細かく分けてある。ある子が例えば国語が126で、算数が118で、理科がうんと遅れて55とかと評価する。そして授業は、120代のクラスに行く。だから、そのクラスに来ている子は年齢はまちまちだけど、その科目に関しては、みんな同じ達成度です。だから、落ちこぼれ0です。うんとゆっくり勉強している子もいるし、うんと早く勉強している子もいる。それと関係なくクラスを見れば同じ達成度です。だから、教師はすごく楽です。しゃべっていることをほとんど全員が理解しているから。
 現在“アドラー学校”は小学校と中学校の9年の一貫教育ですが、1週間の授業時間のうち3分の1しか授業をしていない。残りは何をしているかというと、「社会性」の時間と「創造性」の時間と言って、いわゆる勉強とは関係のないことをしている。では、お馬鹿さんになっているかというと、なってなくて、全国共通テストをやると他の普通の学校の平均とほぼ一緒です。なんでそんなことになるかというと、能率がいいから。落ちこぼれ云々がないから。
 これは日本の制度の中では難しいから、どうしたらいいかと言うと、自主的にやってしまうことです。うちの子は落ちこぼれたと思ったら、のんびりさせようと覚悟すること。慌てないこと。何も15歳の春に高校に入らなくても天地は崩壊しないから、そこでのんびりしてもらってもいい。今の日本の親は昔に比べるとリッチですから、子どもが17,8で働かないと餓死するということもないので、30歳くらいまでブラブラさせておいたところで、そう困ったことでもないでしょう。
 だから、「中学3年までは仕方ないから落ちこぼれてください。中学を出た時点でじっくり時間をかけて、ちゃんと水準を合わせてから、高校へ行くんだったら行ったらどうですか。高校を出た時点で、またじっくり時間をかけて、大学に行きたいのだったら行ったらどうですか」という線で子どもと相談してみる。そうすると子どもは楽です。絶望したりしなくてすむ。
 子どもが勉強嫌いになる理由の1つに、課題が難しすぎるということがあります。「この問題は僕には解けない」と思ったときには、子どもは勉強嫌いになる。いくら努力しても無駄だと思ってしまう。だから、認めればいい。そう、いくら努力しても無駄だと。今学校で習っていることはもういいじゃないか。その子にわかる問題を解いてもらいましょう。例えば、今5年生なら2年生や3年生の問題をやってかまわない。そのことで劣等感を持たなくていい。小学校6年分の内容を、大人に教えるとしたらどのくらいの時間がかかると思いますか。メキシコに住んでいるロシア系の学者さんで、発展途上国の人たちの福祉問題を専門にしている人がいます。教育問題にも大変面白いことを言っています。彼は正規の学校教育ではなくて、大人の識字教育に関心がある。メキシコでは文盲の大人がたくさんいる。その人たちに読み書きや計算を教えたりするクラスがあるんですが、だいたい週3回夜間の学級に通って、どれくらいの期間でスペイン語の読み書きができるようになると思いますか?文字を何にも知らない大人が、新聞を読めるようになるのにどれくらいかかるか。だいたい6か月です。日本でも、特に同和対策なんかで識字学級がありましたが、それも6年もかかりません。日本語はスペイン語に比べると漢字があって大変ですが、それでも小学生に教えるよりは、はるかに早く教えられます。とすれば、例えば今5年生で落ちこぼれていても、それは5年生でやるからついて行けないのだけれど、自分のついて行けるところまで遡ってやり始めると、そんなに時間がかからないで追いつけるんです。公文式ですね。だから、焦る必要はまったくないんです。
 このお母さんは不安なんですね。このお母さんに対しては、不安にならなくていいという勇気づけをしてあげると、とてもうまくいくと思います。
 みんな、乗せられているんです。政府に騙されている。教育産業に騙されているし、教師にも騙されているんです。まるで中学を出たときに高校に行けなかったら人生が破滅するかのような言葉に騙されている。中学を出たときに高校に行けなくても人生は破滅しません。
 先日、元登校拒否の子どもと会いました。彼は中学の半ばから学校に行かなくて、その後大学に行きたくなり大検を受けて通った。でも大学には落ちて、これからどうしようかという相談をしに来たんです。
 「大学はまだ行きたいの?」と聞いたら、「行きたい」と言うから、「どんな大学に行きたいの?」と聞くと、「有名大学に行きたい」。「有名大学に行ってどうするの?」と聞くと、「有名企業に勤める」。「馬鹿なことはやめなさい」と僕は言いました。「あなたはだいたい登校拒否をするほどの人だから、有名企業の体質に向いてない」。
 有名企業なんていうのは登校拒否をしない子ども用に作られている。何事もなく、すんなりと学校というシステムの中でやってこられた人にしか、うまくやっていけないようにできている。だから、学校でちょっとでも問題があったり、「しんどかったなあ」と思うような子は、そんなところへ勤めたら不幸になるから、ラーメン屋とかキャバレーの呼び込みとか、そういう線が絶対にいい。
 「あなた、バイトしたことがあるか」と聞くと、「ない」と言う。「1回アルバイトをやってみようよ」と言った。「予備校なんか行かなくていいから、2年か3年アルバイトをしながら遊んでみよう。その間に1つの仕事を根気良く続けようなんて思わないで、世の中を広く見てみようと思って、次々と職を変わってみよう。そのうちに、きっとあなたがすごく気に入る仕事が見つかると思う。そうしたらそこに就職してみよう。そして、2年か3年その仕事をやってみて、それでもやっぱり自分には大学卒の肩書きがあったほうがいいとか、あるいは大学で勉強してみたいと思ったら大学に行けばいい。そうやって大学に行ったら、その大学は君にとって意味のある大学だから、すごくいい生活ができる。だから、そうなさいよ…… 」。
 京都大学に行こうと思って挫折した子がいます。その子は高校半ばで挫折して、3年くらいくすぶったのち、僕(野田俊作先生のこと)のところへ来ました。初めは食堂でアルバイトをしていて、だんだん料理が好きになって、最終的には就職したのは、京都大学の前の食堂でした。京都大学生に物を食わせるという仕事を選んだ。彼はその仕事にすごく満足している。京都大学の学生とたくさん友だちができて、まるでそこの学生のように大学の事情をよく知っている。きっと彼はそこでずっとやっていくんでしょう。おじさんになっても学生たちの面倒を見て暮らすんでしょう。すごく素敵なことだと思う。
 そうやって、子どもたちはいろんなことをやっていく中で、自分が一生やる仕事を見つけていくだろうと思います。それが、一生やっていく仕事の一番幸せな見つけ方です。配偶者を見つけるにも試着があったほうがいいように、就職も試着がいるわけで、いきなりエイッと会社を決めて勤めるということは危ないと思いませんか?
 「しまった!」と思っても、大学なんか出ていると、「時すでに遅し」で、転職はなかなか難しいかもしれない。
 だから、みなさんのお子さんたちにもお勤め願いたいんですが、高校を出たら一度就職してみるといいと思う。ちょっと就職してみて、世の中を見てみて、やっぱり大学に行きたいと思ったら行けばいい。うちの息子はそうするでしょうね。「すんなり大学に行くのはつまらなそうだから、ひとまず就職をしてみる」と言うんです。「いったい何をするつもりですか?」と聞いたら、トラックの運転手らしいです。まあ、真夜中に宅急便で全国を走り回るのもきっと面白いだろうと思います。
 外国の高校生はそうするのが常識だそうです。ヨーロッパ諸国だったら、中学校を出たら自分の力で高校に行くのが常識なんです。中学を出たら2年か3年働いて学資を稼いでから高校へ入る子もたくさんいますし、途中で学費がなくなったら休学してまた働く。1人で暮らすと高くつくから、4,5人で1つのアパートを借りて、いろんな物を分け与え合って暮らす。アメリカは高校生まではだいたい親が養ってくれるんですが、大学になると自分の力で行くのが普通で、1年大学に行ったかと思うと、1年はバイトというのがザラにいます。大学院になるとだいたいが夜間です。昼間就職していて働いていて、夜になったら勉強しに来るというのが当たり前になっていて、昼間の大学院なんてめったにない。みんな年を取っていて、30代40代になっています。だから、学生時代を丸抱えしてやろうと、親が思い込んでいるのは日本だけです。経済的にはいくらか見てあげてもいいですが、世の中に出すほうがたくましくなるんじゃないですか。
 私の医学部時代の同級生に、工業高校の卒業生が1人います。彼は工業高校を出て就職して工場で3年くらい働いていて、やっぱり医者になりたいと思って勉強して医大に入ってきた人です。そういう人は大学に入ってよく勉強する。自分でゆっくり考えてから来たから。何にも考えないで入った人は駄目ですね。大学に入ってきたとたんに解放されてしまって何もしないから。
 そんなふうに考えますので、この子ものーんびりと勉強したらいいと思います。男の子は35歳くらいまでに大人になればいいから、35歳までにはまだだいぶありますから、ゆっくりと暮らせばいい。若い時代にしかできない“お馬鹿”というのはいっぱいありますから、それをたくさんしてもらえばいい。



[121] 親子関係は良くなったが、あと一歩…

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月21日(月)10時00分38秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

Q39
 以前に比べると親子関係はずいぶん良くなりました。アドラーの勉強のおかげだと思いますが…。
A39
 いやいや、あなたの努力です。
Q
 でも、あと一歩という気もする最近です…
A
 そうですね。一生あと一歩という気がする。その時がいいのかもしれない。人間というのは目標を追いかけて生きているんです。目標というのは、シャルマン先生曰く、「あれは地平線だ」。追いかけて地平線の位置まで行ったら、向こうにまた地平線が見えるでしょう。だから、そこに到達すると考えないほうがいいんだ。いつもいつも、ずっと遠い先に目標があって、それに向かって生きていくんだなぁと思っていたほうがいい。あと一歩だという気がするというのは、これは正しい状態なんです。
Q それで、息子のことで気になるのは、『根気がない』、『少々しんどくても頑張ろうということがない』ということです……
A
 これはどういうことかというと、母親の頭の中に理想の子どもがいるわけだ。これがまだ根強くいるので、現実の子を見るとどうしても引き算をしてしまう。で、マイナスの部分が目についてしょうがない。「えっ、96点なの?残りの4点はどこへ落としてきちゃったの?」と思っている。でも、最悪の子どもというのもいる。“0点子ども”というのが。最悪なのは、たぶん死んでいる子どもでしょう。それに比べれば、まず元気に息をしているというのはすごくいいことです。五体は満足に動いているし、ご飯も食べるし、大きな病気もせず、学校もちゃんと行けている。こんなありがたいことはないじゃないですか。特別支援学校に行かなくてはいけない子の親のことを考えてごらんなさい。普通の学校に行っている子どもを持ってどんなに楽か。そのことに感謝しないで、「あれが足りない、これが足りない」と言うのは、ちょっと厚かましい。
 『根気がない』、『少々しんどくても頑張ろうということがない』と言いますが、だからその子は駄目ということではないんです。そういう生き方で、この社会に対して共同体に対して、建設的に生きることもできるんです。根気良く悪事をすることもできるでしょう。
 エジプトのピラミッドは、だいたいが墓泥棒によって荒らされています。だから、中に入ってもほとんど何も残っていない。どうやって泥棒するか。地下にトンネルを掘って泥棒する。でも、1世代では掘り終わらなくて、おじいさんが掘り始めて、お父さんがあとを継いで、孫の世代にやっとピラミッドの下あたりまでつながる。すると、隣村のヤツが先に掘っていて、何もなかったりする。3世代の苦労もパアですわ。そういう根気強さもあるわけで、こんなのはあまりほめられた根気強さじゃないですから、あんまり根気強いのがいいと思わないでください。
Q
 それで、少々熱っぽければ学校を休むという具合で、自分で駄目だと思えば力が出ないようです。私としてはもう少し努力するとか根気があってもいいと思うのですが……
A
 思わないほうがいいね。 あのね、ギブアップすることもいいことなんです。メチャクチャ努力して体を壊してしまうのもどうかと思うしね。必要以上の頑張ろうというのも無理でしょう。そう思っておくと、とても楽ですね。そう思ってると、そこよりも少しでも頑張ると嬉しいから。「もっと頑張らねば」と思うと、足りない部分しか見えないから。
 だから、「この子はこんな子だ」と、まず思おう。マイペースで自分の好みや興味に素直な子なんです。それでいいと思う。こちらが、頑張らない子は駄目なんだと、まず決めてかかったら、実際に駄目な子になってしまうよ。
 だいたい、ちょっと駄目になったら、自分を大事にして少し休んでみるというのも、一方では大事なことだと思いませんか。内科のお医者さんは、ときどき頑張りすぎる患者が来て困るそうです。「ちょっと休んで休憩してください」と言っても、「いや、これくらいの病気では休めません。大丈夫です」と言って、どんどん病気が重くなって死んじゃう。だから、ちゃんと自分で自分の管理ができることは必要です。
 それから、やる気がない子どもというのは、目的があってやる気がないんです。
 すべての行動には目的があるわけで、やる気がないという行動にも目的があるんです。何だと思いますか?勉強しないとか、やる気がなくてボーッとしているとかというのはどういう目的かというと、頑張って一生懸命やって駄目だったら、自分に能力がないということが自分にも他人にもわかってしまうのがイヤなんです。頑張らなくてグズグズやっていて駄目だったら、本当は頑張ればできるんだと思えるでしょう。つまり、なんでそんなことを考えなくてはいけないかというと、この子は結果を気にしているんです。結果が良いか悪いか。なんでこの子が結果を気にしているかというと、親が結果を気にしているからです。途中がどうかではなくて、最終的にはやっぱり試験の成績が悪いと駄目だと思っている。親が思っていると子どもも思う。そういう中で、一生懸命頑張っていい点を取れなかったら大変です。勉強しなくて良い点を取れないのは大丈夫なんです。だから勉強しない。
 ですから、こういう子とつきあうときには、結果を気にしないこと。最終的な結果はどうでもいいと思おう。もし、ちょっとでも努力してたら、努力しているところを好きになろう。「努力してるから、きっと次の試験の成績はいいでしょうね」と言わないこと。試験の成績は良くなくても、努力しているのが好きなんだということを伝えてください。
 努力と結果とは関係ない。たーくさん努力して結果が悪いときもあります。かと思えば、全然努力しないのに結果が良いときもあります。試験なんてのは半分くらいが運ですから。人生というのも、ひょっとしたら半分くらいが運ですから、コツコツと努力したアリさんは木の下敷きになって死んで、遊んでばかりいたキリギリスさんは長生きするかもしれない。そうでしょう。努力は必ずしも報われるかどうかなんてわからない。努力が楽しいという人は努力すればいい。楽しく努力ができるということはいいことですから。楽しく努力できる子になってくれればいいけれど、努力が報われることとは別なんです。
 私の友だちに不幸な人がいます。大学の研究室にいて5年がかりで、ものすごい壮大な研究をして、英語で論文を書いて、アメリカの学術雑誌に送ったら、ひと月前にまったく同じ研究したものが出ちゃって、全然意味がなくなっちゃった。5年の苦労が水の泡です。彼の苦労は報われなかった。でも、彼はがっかりしなかった。彼は実験することが楽しかったんです。名誉だとかお金だとかいう、そうした最後の結果を欲しがっていると、結局そこで投げ出しちゃうんです。もう努力してもしょうがないと思ってしまうから。
 きっと、努力をイヤがる子というのは、そのタイプなんです。努力して駄目だったらもうやめようと思っている子です。努力そのものを面白がっていない。大人も、努力するのを苦しいことだと思っている。勉強することや、忍耐することというのは、とても苦しいもので、その苦しさに耐える力を身につけさせようと僕たちが考えると、それは間違い。 苦しさに耐える力なんて、人間にはないよ。自分のことを考えてみてください。苦しいことなんて、まっぴらごめんでしょう。楽して生きたいでしょう。忍耐や辛抱はイヤでしょう。
 忍耐や辛抱をしているのは下心がある。これをやっているとあとでもっといいことがある。あるいは良いことではないかもしれないけれど、「忍耐し辛抱している私って素敵だ」と自分で思えるとか、人から「あなたって忍耐強いね」と言われて気持ちが良いとか、ちゃんと収支決算が合う。だから忍耐できるんです。それがなかったら努力なんてできない。 人間は本来怠け者なんです。努力という取引をすることはある。努力するふりをして、自分とか他人からほめ言葉をもらおうとすることはあるけれど、努力そのものは嫌いなんです。忍耐は嫌いなんです。だから、子どもも忍耐は嫌いなんです。
 勉強が楽しくなるようにすることはできます。初めから、苦しいので辛抱するというのではできません。親や教師が「勉強は苦しくてつらいものだ。それに耐えるのだ」と説教すれば、子どもはイヤになります。「これは楽しくてしょうがない」と設定すれば、子どもは乗ってきます。
 このお母さんは、「努力忍耐というのは苦しいけれど、それを耐えて頑張るのだ」という発想をしているから、子どもはまっぴらごめんと逃げている。勉強したり、学校へ行ったりするということは楽しいもので、もし楽しくなかったとしたら、どうしたら楽しくなるか工夫をする。遊びなんです。勉強なんて遊び。国語も算数も理科も社会も英語もみんな一種のパズルと同じで、ゲーム感覚で遊び半分でやっていると、とても楽しい。これに私の人生がかかっているなんて思うと、ちっとも面白くない。第一、かかってないしね、本当は。



[120] 双子の子の学力差

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月20日(日)07時27分45秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

    Q38
 子どもは小学校2年生の双子の男の子です。学力に差があります。

A38
 そりゃあるでしょうね。双子だったら余計に差が出るんです。きょうだいというのは、競争して育っていきます。例えば、男ばかりの3人のきょうだいがいるとしましょう。どんなことになるでしょうか。
 一番上のお兄さんは、最初一人っ子だったわけです。ある日、お母さんが赤ちゃんを連れて帰ってきて、「これはあなたの弟よ。かわいいでしょう。あなたとは一切差別しないで平等に扱うから、かわいがってあげてね」と言う。でも、これは嘘です。だって、お母さんは徹底的に手のかかる下の子ばかりにかまいます。この人が何かグズグズ言うと、「あなたはお兄ちゃんでしょう。我慢しなさい」と言われます。このお兄ちゃんはきっと怒ります。怒ったお兄ちゃんはどう考えるか。「弟に奪われた母親を取り返さないといけない…」。母親は「平等に」と言うけど、平等でも50パーセントです。もともと100パーセント独占していた母親を50パーセントにされただけでも頭にくるのに、実際は90パーセントを弟に奪われて自分は10パーセントくらいしか残っていないから、カンカンに頭にくるので、まあ100パーセント取り返そうとは言わないものの、できるだけたくさん取り返そうと思います。
 さて、どうやったら取り返せるか。2種類のやり方があります。うんと良い子になるか、うんと悪い子になるか、どっちかにすればいい。うんと良い子になって、何でもできるお兄ちゃんになると、「偉いわね。さすがお兄ちゃんだわ。何でもできるね」と、母親の愛情がたくさんこっちに来ます。メチャメチャ悪い子になって、ずっと母親に叱られ続けると愛情は来ませんが、少なくとも注目は来ます。
 人間というものは、特に子どもは、かまってもらえないのに比べれば叱られるほうがまだ好きです。一番好きなのがほめられること。次が叱られること。かまってもらえないのが一番嫌い。かまってもらえないと思うとせめて叱られようと思いますから、うんと悪い子になる可能性もあります。
 真ん中の弟の立場は、生まれたときからお兄ちゃんがいます。しばらくすると下の子が来ます。ですから、この子は一度も親を独占した体験のない子です。お兄ちゃんには普通何をやっても負けます。お兄ちゃんがうんと悪いほうを選択してくれていればまだ楽ですが、うんと良い子のほうを選択して、お勉強もできるし、友だちづきあいもうまいし、喧嘩も強いといったスーパーお兄ちゃんだと、弟としては取れるものがあまり残っていない。それに、競争をしても年齢差がありますから、負けます。
 では、弟はどんなことをするかと。2つあります。1つはメチャメチャ親孝行の子になるか、もう1つは、親を見限って外へ遊びに行く方法です。ですから、中間の子というのは、親に大変密着して、肩を揉んだりゴマをすったりするのが上手な子か、全然親を気にしないでずっと外で遊んでいるような子かの、どっちかになる可能性が高いです。
 さて、こういうふうに優秀でバリバリ勉強をしているようなお兄ちゃんと、それから外へ遊びに行っちゃっているようなお兄ちゃんを2人持った末っ子はどんな位置でしょうか。まず、母親の態度が上2人とは全然違う。一番上のお兄ちゃんが小学校に入ると、「今日から君は大きいんだからね、全部自分でやるのよ」と言います。一番下の弟は、小学校に入っても中学校に入っても、お母さんは、「あなたはまだ小さいんだから気をつけるのよ」と言います。ずっと赤ちゃん扱いです。では、この子は何を学ぶかというと、「僕はお兄ちゃんみたいにバリバリできたり、何でも自分でする子になったら駄目なんだ。なるべく赤ちゃんをしていたらお母さんはこっちを向く」ということを学びます。だから、この子は、わりと赤ちゃんぽい子どもになる可能性が強いです。
 もちろん、きょうだいの位置でこんなことが全部決まるわけではない。けれども、生まれる位置によって選べる範囲というのはかなり決まってきます。うんと良い子かうんと悪い子とか、母親に密着する子か離れる子かとか、あるいは、可愛くて人に愛される赤ちゃんタイプの子か、ムチャクチャ世話がかかって何もできない子になるとか。こういうように、選ぶ範囲はかなり決まってきます。
 それで、なぜこういうふうになるかというと、親という賞品をめぐってきょうだいがレースをするからです。親からの愛情、愛情でなくてもせめて注目が少しでも自分のところへ来るように、きょうだいがレースをするからです。どんな親であるかよりも、きょうだいがどんなきょうだいであるかのほうが、僕たちの性格を作る上で大きな影響を与えます。このきょうだいレースは、年齢差が近ければ近いほど激しくなるはずです。
 すると、双子というのは一番激しい。競争が激しいと、きょうだい間の性格はすごく対照的なものになります。例えば、勉強という点で兄が良くできていると、弟はきっと勉強を選ばなくて、あんまりできない子になります。お兄さんが人づきあいがあんまり上手でないと、弟は人づきあいが上手になります。隣り合うきょうだいはとても対照的な性格になりやすい。双子というのはとても違う性格になりやすい。しかも、年齢の離れたきょうだいに比べて具合が悪いのは、勝ち負けがはっきりしやすい。全部勝つ子と全部負ける子に分かれやすい。年齢が離れていると、ある程度はこれでは勝ち、これでは負けということになるけど、双子だと競争が激しいから、どちらかが徹底的に勝ってしまう可能性があります。どうやらそうなりかけていますね。ですから、学力に差があるだけでなく、喧嘩をしても片方のほうが強いし、友だちも片方のほうが多かったり、いろんな点でどっちかが有利に勝っているんじゃないかと思います。
 なんでこんなことが起こるかというと、それは親が学力が高いことはいいことだと信じているからです。いい成績を取ってくると、親とつながりができると子どもが信じているからです。だから、学力をめぐっての競争が起こる。この学力差をなくそうと思ったら、親が学力というものに関心を失うのが一番です。学力というのは結局は点数のことだから、最終的にどんな点数を取ってくるかということに親が関心がある限り、このきょうだいは今後ともますます学力でもって、「賞品をもらえたとかもらえなかった」と言って離れていくでしょう。
 そんなことしたら、勉強をしなくなるんじゃないか。そんなことはないです。勉強の結果でなくて、努力のほうに親が注目するんです。勝っても負けてもいいから、途中を走っているということ自体を、すごく大事だと親が思ってほしいです。
 それから、いつも言うんですが、子どもを叱ったりほめたりして育てるという発想から抜け出てほしい。そうではなく、勇気づけというやり方に変えてみてください。小学2年生というのは、勇気づけがとてもうまくできやすい年齢です。勇気づけというのは、一番わかりやすく言えば、子どもに向かって「ありがとう」とか「嬉しい」とかと言うチャンスを探すことです。
 子どもが学校で良い成績を取って帰ってきました。さて、何を「ありがとう」と言いましょうか。あまり「ありがとう」と言う材料じゃないです。そう思いませんか?
 「良い成績を取ってくれたね。ありがとう」と言うと、ちょっとおかしいです。だから、良い成績を取ってきたというのは、勇気づける材料ではない。勇気づけなくていい。なぜかというと、子どもは良い成績を取ったことでもう勇気づけられているから。追加支援しなくていい。
 子どもが一生懸命努力しているのを見ると嬉しいでしょう。としたら、「あなたが一生懸命お勉強しているのを見ると、お母さんは嬉しい」と言ってもいいです。ただし、ほんとに嬉しかったらね。ほんとはあんまり嬉しくないけど、子どもに勉強させようと思って言っては駄目です。下心はすぐ伝わるから。だから、もう少し自分の内側の感情に敏感になって、「子どもが何をしているとき私は嬉しいか」ということを、まず感じ取ってください。「子どもに何をさせたいか」というほうを忘れてほしい。頭で、これはさせたい、こんな子にしたい、こういうふうな子どもに育ってほしい、ということをやるから、結局こんなことになるんです。それをやるから、きょうだい間の競争が激しくなって、だんだん差がついてきます。特に双子のきょうだいの場合は要注意です。
 子どもと一緒にいることを嬉しく感じ、それに感謝の言葉をあげたいと思う時間がいつもあるか。それを思ったときにその言葉をかける。それだけでいいです。すごく簡単です。そうすると子どもたちは、おのおのの個性を発揮していくでしょう。しばらく勉強にこだわらずに、その子たちと一緒に暮らす中で喜びを見つけてください。自分の中にある感謝の心とか、喜びとかというものを伝え始めてください。それが愛情ある母親です。子どもを自分の好みの人間にしようというのはサーカスの調教師であって、人間の母親ではない。



[119] 親が塾を見つけてやった

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月19日(土)08時15分3秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

    Q37
 子どもは小学4年生の男子です。自分から塾へ行きたいと言い出しましたので…
A37
 そういうことはありますね。
Q
 親がいろいろ聞いたりして、ある塾を見つけてきました。…
A
 こりゃやりすぎですな。子どもが何かしたいと言ってきたときに、もともとこちらがそれをさせたたいと思っていたかどうかで、親の動きも違うでしょうが、親があんまりお手伝いをしすぎると駄目なんです。「何かできることはありますか?」と聞くこととか、「子どもから頼まれたことはしてあげましょう」と、僕はいつも言っているんだけど、頼まれたこと以上に動くと、それは過剰反応で甘やかしになります。いつも、援助を最小限にしたい。小学校4年生というと、思春期の入り口にいますから、あとできっと背かれますよ。
Q
 今、1か月くらい行きましたが、「宿題が多く、自分の自由な時間がなくなった」と言い出しました。最近では、「お母さんが変な塾なんか見つけてくるからだ」と責めることばかり言います。
A
 ほらね。
Q
 それで、親はどう受け答えしたいいでしょうか?
A
 結局こんなことになりますね。子どもをむやみに手伝ったらいけないんですよ。
 そう言えば、うちの子どもが小さいときに、学校の先生が私に、「忘れ物が多いから時間割を見てあげてください」と言いました。親は、教師のそんな口車に乗ってはいけないよ。見てやると何が起こるかというと、これと同じことが起こります。次に忘れ物をしたら、「お父さんがちゃんと見てくれなかったからだ」ときっと言うようになる。それは自分の仕事なのに、親の責任にする。
 「塾に行きたいなあ」と言ってきたら、「行きたい塾はあるの?」と聞いて、「ない」と言ったら、「お友だちでも聞いて、行きたい塾が見つかったら教えてちょうだいね」と言って放っておくんです。
 われわれは子どもにいろんなことを教えたいと思うんですが、「自分のすることから子どもがどんなことを学ぶか」ということを考えてみないですね。子どもが「塾に行きたいなあ」と言って、「駄目よ、塾なんか」と答えたら、子どもは何を学ぶか。「塾に行きたいの。じゃあ、探してきてあげるわね」と言って、一生懸命に探し回ると、子どもはどんなことを学ぶか。それを考えてみてほしいんです。
 子どもが「塾に行きたい」と言ってきて、「そんなもん行かなくていいわよ」と言ったら、子どもは何を学ぶと思いますか。「親は口で言っても聞いてくれない」ということを学びます。あるいは、「親は僕の頼みなんかどうでもいいと思っている」ということを学びます。こんなことを学んでほしくないから、これはまず聞くべきですね。聞いてあげるけど、そこでそれ以上に走り回ると、「僕がしなくても必要なことはみんな親がしてくれる」ということを学びます。あるいは、失敗したときには「親が悪いんだ」ということも学びます。自分には責任がないということを学びます。
 ですから、この次からの教訓としては、動きすぎないということです。できるだけ多く子ども自身にやってもらって、どうしても子どもにできない部分だけ援助することです。これはちょうど子どもが「宿題のここがわからない」と言って、「どれどれ見せてごらん」と全部やってあげて、「はい、できたよ。これを先生に出しなさい」と言ったのと同じです。そして、答えが間違っていて、「お母さんが間違えたから先生に怒られちゃったじゃないか」と言ってるのと同じです。
 今回の後始末としては、こうなったら塾をやめていただくしかないと思います。「どうする?イヤだったらやめる?」と聞いてみて、「やめる」と言ったらやめてもらいましょう。要するに子どもは親のせいにしていて、「塾をやめるのは自分が悪いからではなくて、お母さんが間違えたからだ」と言いたい。だから、「やめたい」と言えばやめてもらったらいいと思う。いわゆる、持続力がない移り気な子がいますね。集中力がない子というか、習字を習いに行ったかと思うと、ひと月くらいでやめて、そろばんを習いに行ったかと思うと今度は水泳、バレエ、エレクトーン……。あれはいいことなんです。そういうふうに次々と関心の変わる子は、将来、安全性が高いです。というのは、自分の力で自分に何が合うかを探すだけの積極性を持っているから。その子がそのことをイヤがっているのに、無理やり続けさせようとするのは良くない。あれは戦前のものの考え方です。昔は軍隊があって、イヤでも軍隊生活をしないといけなかったから、イヤなことでも耐えられるトレーニングをしないといけなかった。今は世の中がまったく変わって、自分に合うということ、適性ということを最大限に伸ばしてあげることが大事だと思うんです。子どもがいろんなことに興味を持って、いろいろと実験してみようとすることを、親も手伝ってあげていいと思う。そのことに腹を立てないでください。「すぐやめる」と言ったって、動揺したり腹を立てたりしないで、「この子は思い切りのいい子だ。発想の転換力がある子だ。積極的な子だ。この世の中でいったいどんな仕事をすればいいのか、自分には何が一番合っているのかを探しているんだ」と思ってください。
 親にとって大事なことはたった1つです。いい親というのはどんな親かというと、幸せな親なんです。不幸な親と暮らすと、子どもは絶対に不幸です。不幸というのは伝染性の病気で、家族の中に1人不幸な人がいるとみんな不幸になっていく。幸せというのもやっぱり伝染性の病気で、家族の中に何があっても幸せに暮らしている人がいると、残りの人もあまり不幸になれない。明るくいつも喜んで感謝して暮らしている、幸福な親になる決心をしてください。
 僕たちが、「子どもを何とかしなくちゃ」と思うときというのは、例えば子どもが泥沼で溺れているようなときです。人生の問題に躓いて少し溺れかかっているときに、僕たちは子どもを助けたいと思います。そんなときに、こっちも不幸で動揺しているということは、一緒に泥沼で溺れているということなんです。2人で溺れながら、向こうを助けようとすると、結局向こうの足を引っ張って、2人でズブズブと沈むだけです。だから、まず子どもを見捨ててこっちが岸に上がる。「しばらくは、あなた1人で不幸でいてください。私が十分幸福になって落ち着いて、助けられるようになったら助けてあげないでもないから、それまではリラックスして浮いててね」。リラックスさえすれば浮くんです。焦ると沈むんです。海を泳いでいて、大きな波に呑まれたり、大きな渦に入ってしまったとき、焦って泳ぐと疲れて沈むんです。でも、どんな大きな鳴門の渦みたいな渦に巻き込まれても、泳ぐのをやめてじっとしているとスポンと吸い込まれて、2,3秒もすればかなり離れたところへポコッと浮かび上がります。
 われわれの人生のいろいろな困難も同じで、われわれが冷静で落ち着いていれば、最低ムチャクチャにならなくてすみます。子どもに、「まあ、しばらくのんびりしてなさいよ。成績がガタガタに落ちたからといって、焦ってすぐ上がるものでもないし、いいじゃないの」などと言っておいて、こっちはこっちで自分の精神の健康を整える。友だちと遊びに行ったり、子どもが嘆いていようが何していようが、全然気にせずに買い物に行ったり、そういう母親のほうが子どもから見たらありがたいと思う。成績が落ちたり、友だちに裏切られたり、失恋したりして暗ーくなっているときに、お母さんにそばでオロオロされたらかなわんでしょう。
 それよりも、そんなことと関係なしに、「あーあ、あのオバサンは脳天気だなあ」と子どもから思われるようなお母さんでいれば、子どもはそれだけで救済されるんです。



[118] 子どもを信頼したいが落ち着かない

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月18日(金)08時07分53秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

    Q36
 子どもを信頼して待とうと思うのですが、心がなかなか落ち着きません。何か良い方法がありますか?

A36
 親が不安なんですね。これは心理学の責任が大きいと思う。日本の育児を駄目にしたのは、その責任の半分は心理学者にあると思う。間違ったことをたくさん教えすぎたから。 戦後、発達心理学とか児童心理学とかがどっと入ってきて、間違った知識を広めてしまった。例えば、3歳までにスキンシップをしてあげないと一生駄目になるという知識です。あるいは、子どもの気持ちをわかってあげることが絶対必要で、子どもの気持ちをわかってあげないと子どもは駄目になるという知識です。これらはまったくウソなんです。
 乳児期には母親とのつきあいしかないですね。そのときに不幸なことにお母さんが間違った育児をいっぱいして、その結果、子どもの性格に大きな傷を与えてしまったとします。そうしたらどうなるか。次の幼児期に、お父さんやきょうだいといい関係が持てたら、母親との傷は全部ご破算です。それも駄目だったとしても、児童期に小学校でいい友だちグループに入って一緒に遊べれば、子どもの過去の傷は治ります。また、児童期にもいい友だちができなくて傷が残ったとしても、思春期になって同性の友だちができて、その友だちとじっくりいい時間が持てれば治ります。それも駄目だったら、やがて異性のパートナーができていい関係が持てたら治ります。それでも駄目でも、いい精神科医やカウンセラーに出会えれば治ります。
 これはなぜかというと、人間には「正常になる力」があるからです。僕らの体がそうです。どこか怪我をしても自分の力で治っていくでしょう。医学はすごく発達しましたが、実は医学は治してないんです。実は体が自分で治しているんです。外科手術をしても、内科の薬を使って抗生物質でバイ菌を殺しますが、バイ菌を殺すから治るんじゃない。バイ菌を殺しておいたら、体が自分の力で立ち直っていくんです。自然治癒力を最大限に発揮できるように持っていっているだけです。
 人間の精神もそうです。いつも健康になる大きな力があるんです。われわれの育児とか教育というのはときどき間違って、それを邪魔してしまう。邪魔する力をなくすれば、それは必ず正常に自分の力で戻ってきます。すべての対人関係は、それが良い対人関係であれば、人間は正常のほうへ行けます。ですから、3歳までの育児を間違えても、あるいは中学何年生かまでの育児を間違えても、今日からその子がいい関係に入っていけば、必ずいい方向に変わっていきます。
 子どもが小学校1年生から4年生の間であれば、もう親の力というのは、親が悔い改めたとしても、そう大きくはない。40パーセントくらいですか。60パーセントは学校での友だちとの関係、または学校の先生との関係で変わっていく。時間的にもそうでしょう。その子たちが起きていて一緒にいる時間は、親との時間よりも学校の友だちや先生との時間のほうが長いですから。
 中学生くらいになると、親友との関係とか異性との関係とかのほうが、その子たちを癒していく力が大きくなってきます。それを決して邪魔してはいけない。だから、まずその子の正常になる力を強く信じること。これが、親が落ち着く最大の方法です。
 僕たちが普通イメージするいい親というのは、ほんとはメチャメチャ悪い親です。子どもの気持ちが何でもわかって、子どもに対してどんなことでも手伝ってあげる親というのは、ものすごく子どもを駄目にする親です。子どもに向かって、「あなたは大人にならなくていいのよ」と伝えているのと一緒だから。逆に子どものやることにことごとく反対して、全部やる気をくじいてしまう親も悪い親です。
 子どもを援助する力がまったく低い親というのがいます。子どもに何も関心がないし、邪魔者だと思っているような親は、子どもを援助する力は低いです。
 それから、ものすごく子どもに関心があって、子どもを何とかしてやりたい、子どもが心配で心配でしょうがない、かわいくてかわいくてしょうがないという親も、結局子どもを援助する力が低いんです。真ん中へんで何だかそこそこに子どもとつきあっている親というのが、子ども側から見れば一番いい親です。だから、皆さんは心配しなくても、努力さえせずに、心配さえしなかったら、いい母親でいられます。
 人間の母親というのは子どもを育てる力を持っているんです。そうでしょう。われわれは今まで10万年間子どもを育ててきたんです。ですから、僕たちは子どもを育てるように作られています。焦らなくていい。慌てなくていい。
 子どもは叱って育てなければいけないなどという、古い封建時代の名残りのような知識や、一方では新しい時代の間違った知識、スキンシップだけが絶対で、気持ちをわかってあげないと、理解してやらないと駄目だというような知識をまず払いのけて、自然のままでいれば、素直でいれば、心が柔らかくて子どもと一緒に暮らせることを喜べる親であれば、それだけで子どもはちゃんと育つようになっている。だから心配しなくて大丈夫です。



[117] 悩みがあるのかときどき吐く19歳

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月17日(木)10時15分25秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

    Q35
 19歳の子ですが、何か悩みがあり、食事をすると吐きます。徐々に良くなりましたが、今でもときどき吐きます。「自分で解決できるので大丈夫」と言いますが、このまま見守っていてもいいでしょうか?

A35
 ああ、この子もきっと注目・関心で行動しているんですね。子どもたちの間で、このごろハヤリなんです。食べて吐くというのが。面白いですね。病気にもハヤリスタリがあるんです。思春期痩せ症とか、拒食症とか、食べて吐くヤツとかは、20年くらい前にはわりと珍しかったです。あるにはありましたが、あった場合は、今より重症でした。死ぬことも多かったし、迫力がありました。ところが最近のヤツは、やたらたくさんあるわりには、みんな軽い。どうやらこれは最近のトレンディーな病気みたいです。あんまりびっくりしなくていいです。
 およそすべての精神的な病気というのは、びっくりしなくていいです。びっくりしさえしなければ、一時的なもので終わります。びっくりして、その子の“相方さん”をしますと、長持ちします。
 (精神的な)病気の原因というものはないんです。精神的な病気には目的がある。その目的は、さっき言った4つのどれかです。その目的は、人からいろんなことをしてもらうことです。親は親に対しての目的の部分だけ触れる。親にできることは、子どもから親に届くメッセージの暗号の意味を正しく読み取って、正しく対処することです。病気は、他人に向けたメッセージです。
 注目・関心を得るという目的で、食べたり吐いたりしている子がいるとすれば、そのことに注目・関心をしないこと。その人は正常でいたり健康でいたら、親は私に注目や関心をくれないと思っている。だから、病気になることで、こちら側に注目や関心を引きつけようとしている。だから、健康でいることに親が注目・関心をするという姿勢を、親が確立しなければいけない。この病気になるまで、このお母さんは、たぶんかなり安心して育てていて、子どもが普通にふるまうことにあまり喜んでいなかったんでしょう。当たり前だと思っていたんでしょう。
 子どもと暮らしていたり、あるいは子どもだけじゃなくて他の人と一緒にいて、毎日毎日繰り返し起こっていることは当たり前で、「それをして当然」と思っている限り、その対人関係はいつも危ない関係です。さっきの、間違った4つの行動目標に、いつ落ち込むかわからない状態です。毎日起こっていることが、相手のすごい努力の結果であり、それは嬉しいことだと感じられるようになると、ここへ落ち込まなくてすむんです。
 ですから、拒食症とか過食症状とかの場合でも、食べる食べないなんか気にしなくていいんです。こういう食べたり食べなかったりする子のお母さんは、そういう食べることに関心がある人ですね。そうでなくてもお料理だとか食べることにわりと関心がある人だと思います。自分の食べることには関心を持ってもいいけれど、子どものそういった個人的なことには関心を持たなくていいです。「あの子が食べたり食べなかったりしたら、私が痩せたり太ったりするかしら」といつも考えてください。あの子が食べなかったり食べたりした結果、太ったり痩せたりするのは向こうのほうでしょう。とすれば、たっぷりその結末を体験してもらえばいいと思います。そうすると、その子は、「これはしょうがない」と思って、きっとやめるでしょう。
 生まれてから死ぬまでの一生を、ずっと健康的な暮らし方をしなくてもいいんです。ときどきは病気をやってみるといい。そうすると人間はとても賢くなる。思春期痩せ症だの過食症だのをやってみると、「これはつまんないわ」ということにやがて気がついて、あとは一生やらなくなるでしょうから、あんまり慌てて助けてあげないほうがいい。その、助けてあげようという働きかけが、かえってアダとなり悪循環となって、その病気を悪くしているのだということに気がついてほしいんです。



[116] 勉強嫌い、やる気のない中1女子

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月16日(水)08時17分17秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

    Q34
 中学1年生の女の子ですが、勉強嫌いでやる気がない。このような子への声のかけ方や対処の仕方を教えてください。

A34
 勉強が嫌いだとか、やる気がないこととかを、まず「悪いことだ」と決めてかかっているでしょう。勉強好きを良いことだと頭の中で理想を描いて、そこから出発して、今とは違う子どもに改造しようという計画で動くと、絶対に失敗します。
 これは小学校の時代、いわゆる児童期の子どもに対しては、なまじっか成功するんです。で、思春期になると100パーセント失敗します。どうしてか少し説明しましょう。
 例えば、勉強嫌いとか、やる気がないとか、1つの行動をとってみても、何か原因があってそうしているんではないんです。何か勉強嫌いの目的があるんです。人間の行動というのは目的を持っていて、しかも、その目的は、主に他の人との関係の中で、他の人に何かをさせるための目的です。勉強嫌いの目的というのは、いろいろあるでしょうね。親向けの目的もあります。教師に対してもあるでしょう。
 親向けの目的は何か。誰に対しても結局はそうなんだけど、目的は4つあります。
 1つ目は、注目・関心を引く。2つ目は、権力争いをする。3つ目は、復讐をする。もう1つは、無能力を装って自分のことを諦めてもらうという目的。
 上ほど軽くて、下ほど重いです。普通はこの順番で悪化します。
 ところで、勉強しないという1つの行動からは、今その子どもがどの目的で動いているかはわからないです。どの目的でも、勉強をしないとか、やる気がないとか、ダラダラ暮らすということになります。つまり、注目・関心を引くためにダラダラとしている子もいますし、親と喧嘩する手段として、ダラダラとする子もいます。親に復讐して、親をイヤがらせる手段として、ダラダラとする子もいます。それから、僕はもう駄目だから、見捨ててくれという目的で、ダラダラする子もいます。
 では、どうやったらわかるか。親が抱く感情でわかります。例えば、子どもが注目・関心を引こうとしているのであれば、親は子どもに注目せざるをえなくなります。その結果、親はどんな感情を持つかというと、ある種のイライラした感情を持ちます。ずっとその子が気になって、うるさくてしょうがないという感じです。でも、腹は立たない。腹を立てられると困るんです。この注目・関心を引くという段階にいる子は、気にはしてほしいけれど、腹は立ててほしくない。だから、親を本気で怒らせるようには動かないです。ただ、「気になってしょうがない」というふうに動くんです。だから、親が子どものことが気になってしょうがないけれども、腹は立たないというんだったら、第1段階です。
 第2段階になったら、親をできるだけ怒らせるように、喧嘩になるように動く。だから、子どもに対して腹が立って腹が立ってしょうがないんだったら、子どもは権力争いを仕掛けてきているんです。
 第3段階は、権力闘争に負けたときです。親が子どもに勝ってしまい、子どもを押さえ込んだとき。そのとき子どもは復讐を始めます。復讐は、陰惨な悲惨なテロ行為ですから、親は怒ったり腹が立ったりするというよりも、傷つきます。とても暗くなって、傷ついて、憂鬱になって、落ち込んでしまう。「どうしてあの子はこんなにひどいことをするんだろう」と思う。子どもがグズグズしていることによって、親がひどく傷ついてしまうわけです。
 無能力を装うというのは、「もう私を見捨ててくれ」ということです。私を見捨ててという段階になっている子どもだったら、親のほうは完全に絶望してしまって、どうしていいのかわからなくて、まったく途方に暮れてしまいます。
 こういうふうに親の側の感情でわかります。それで、このお母さんの子は、お母さんがこんなふうに質問してくることからみても、たぶん第1段階でしょう。子どもは、しっかり勉強をしていて、生き生きとしていれば、お母さんは安心してしまって、自分とつきあってくれないと、きっと思っています。他にきょうだいがいたりすると、余計にそうですね。他のきょうだいとのつきあいを濃くして、私とのつきあいを薄くする。ところが、勉強をしないで無気力そうにしていると、お母さんは私のことを心配して、私のことを注目してくれます。だから、グズグズしていようと子どもは決心する。
 そうすると、どんな対策を立てればいいか。こういう問題のある行動に注目して、そのことを気にしている限り、その子はそういうふうにふるまい続けます。だから、そのことを気にしないようにすることが1つです。
 もう1つは、ちゃんとやっていることや、きちんとしてくれていることに注目します。ということは、たまたまこの子が勉強しているときというのも、注目すればいいですが、勉強以外のことでもちゃんとやっていることに注目したいです。いっぱいあるはずです。きょうだいの面倒を見てくれているとか、お風呂入れてくれているとか、お手伝いしてくれているとか、たくさんあるけど、これらはお母さんにとってそんなに大事なことではなくて、勉強することが大事なことだと思っちゃっているから、そっちばっかり注目する。
 そうではなくて、その子の、家族に対する建設的・貢献的なことや、その子自身にとって建設的なこと、あるいは社会にとって建設的な行いを見て、それを勇気づけてほしい。つまり、「親自身が子どもと暮らすことの喜び」を取り戻してほしいんです。子どもがちゃんと元気に生きていることとか、友だちと遊んでいることとか、テレビを見たあとそのテレビの話をしてくれることとか、ご飯を食べてくれることとか、そういうことに喜ぶ素直な親になってほしい。勉強したときだけ喜ぶような、そんなひねくれた親をやめてほしい。
 だから、「勉強しなさい」と声をかけている限り、このゲームのルールは変わらない。注目・関心を引きたい子に注目している限り、永久にこれは続きます。「勉強嫌い、やる気がない子への対処や声のかけ方は何か」という質問への答は、「対処・声かけをしない」ということです。このことに関してはね。違うところで対処・声かけをして、しかもそれは勉強嫌いややる気がないのを直すためではないんです。この子が、この子の本来の能力を最もちゃんと伸ばすため。それが勉強なのか、友だちづきあいなのか、手先の器用さなのか、心の優しさなのか、それは知らないけれど、勉強ができない自分は親にもうかまってもらえないと思っている状態からは抜け出せるだろう。



[115] 夜遊び外泊を繰り返す高1女子(後編)

投稿者: 大森 浩 投稿日:2018年 5月15日(火)08時09分14秒 ONI-202-70-246-71.oninet.ne.jp  通報   返信・引用

     私の友だちに私生児の母がいます。彼女はボーイフレンドと一緒に住んで同居までしているのに、籍を入れない。“私生児の母”をやってみたいんだって。「どれだけ社会的に差別されるか自分で確かめてみたい」と言うんです。私生児というのは籍が入っていないだけで、他の子どもと何も変わらないけれど、きっといっぱい差別されるだろう、それを楽しみにしばらくやってみようと思ったと言う。ところが、昔と違って今はあまり差別されないんです。戸籍でも嫡子と庶子の区別をしなくなり、ただ「子」と書く。
 「同棲」と「内縁」の法的な違いを知っていますか?“内縁の妻”とかよく言うでしょう。あれは籍は入っていないけども、お互い同士がこれは結婚だと思い、友だちとか親たちとかも、あれは夫婦だと認めているような関係を言うんです。
 同棲というのは、友だちなんかも夫婦だと思っていないし、本人たちもこれは婚姻関係ではなくて、たまたま一緒に暮らしてだけだと思っているような場合を言うんです。
 法律的に内縁と同棲は全然違う。内縁関係だと、例えば相続だとか、あるいは健康保険の扶養家族とかが認められるんです。税金の控除もあり、ほとんど普通の夫婦関係と同じです。ところが、そこに子どもができたらやっぱり私生児です。でも普通の夫婦関係や親子関係と同じように扱えますから、法的な差別は、もはや今はないんです。社会的な偏見があるだけです。そういうことも、だんだんなくしていかなければいけないと思います。恥ずかしいことですからね、そういうことで社会的な偏見があるということは。私生児の母親であることに、母も子も何も罪はないのだし。籍に入っているからって、そう偉いわけでもない。それだけのことです。
 ということで、「子どもを産んでもかまわない」と言えばかまわないと思うけど、「それは困る」と言えば、子どもと相談してみることです。
「今度、素敵なボーイフレンドができたみたいね」
「うん」
「どうするの、子ども産むの?」
「子どもはイヤ」
 と言えば、子どもを産まない方法を知っているかどうか聞いてみる。だいたい、あまり知識がないです。
 男の子の親の場合は簡単です。私(野田)の息子にも、生意気なことにガールフレンドがいるんです。よくデートしているんですが、「ちゃんとスキン持ちましたか?」と聞くと、「お父さんは、いったいいつになったらその発想から離れられるんですか」と怒る。僕は「いったいいつになったら、その発想を持ってくれるんですか」と返すんです。男の子の場合は、スキン1つ知っていればそれですむけれど、女の子の母親の場合はそれだけでは不十分です。スキンというのは、男の子が付けてくれなかったらどうしようもない。女の子が自分で避妊する手段を知っていますか?ピルはダメですよ。あれは、実際にはかなり副作用があるんです。僕だったら、自分の娘に飲ませたくないです。それから、まさかリングを入れさせるわけにもいかないし、できることといえば「マイルーラ」しかないです。マイルーラというのは、ビニールみたいな透明なフィルムです。それを膣に入れて子宮腔にくっつけると溶けて、それが精子を殺すんです。ものは中性洗剤みたいなものです。中性洗剤みたいなものだから決していいものとは言えなくて、少し副作用もあります。だから、あまりそればかり使っていると良くないかもしれない。けれども、緊急の場合に使うにはとても便利です。男の子とセックスすることになって、男の子が避妊をイヤがったら、女の子のほうでそれを使えば、かなり高い確率で避妊ができます。これは娘さんに教えておいたほうがいいです。
 第2番目は、性病(STD)の問題です。性病についても子どもたちはあまり正しい知識を持っていないです。学校の性教育は良くないですね。学校の性教育は、昔ながらの“純潔教育”で、結局本音は「セックスさせないでおこう」という教育です。息子が学校の性教育の教材プリントを持って帰ったので、それを見たら笑っちゃいました。「お父さんこれ見て。チンケだから」と言うので見たら、ほんとにチンケなんです。「愛のないセックスはいけません」なんて書いてある。こんなこと教えてどうするの。もっと具体的にセックスの仕方を教えたらいいのに。
 梅毒とか淋病とかは、今ものすごくたくさんあります。特に今、梅毒はものすごい確率であります。高校生に梅毒チェックを絶対にしたほうがいいと思う。早目に適切に治療しないと恐いですからね。売春防止法という法律ができてから、梅毒がとても多くなりました。というのは、変な話ですが、売春防止法ができる前には、その道の商売の女性方は検査をきちんと受ける義務があったので、大学病院の皮膚科と精神科の医者が出張して梅毒チェックをしていた。ところが売春が禁止になったら、建前上そんなことはできない。だからもう国は知らん顔です。知らん顔をしているから、いくらでもはびこる。昔は見つかりしだい、すぐに商売を休んでいただいて、入院して治療していただいたんですがね。そういうわけで大変増えました。それからベトナム戦争のときに、ベトナム製の強力なヤツを持ち込んでくれた。ベト菌と称するヤツですが、これはペニシリンが効かないんです。そんなのがありますし、ひょっとしたらエイズも大々的に流行するかもしれません。
 だから、親もそのことをちゃんと話しておいて、「まぁ、そんなことはないだろうけど、検査だけでも受けておいてください」と頼んだほうがいい。もしも家族の中に梅毒の人がいたらイヤでしょう。同じ食器でご飯を食べて、同じお風呂に入るわけでしょう。あいつにスピロヘータがいると思うとイヤだから、この点はぜひお願いする。
 第3番目に迷惑をかけることは、警察と学校です。日本の警察と教師は女の子にモテないですね。だから、高校生や中学生がイチャイチャしていたら、ヤキモチを焼くんです。それで邪魔しよる。彼らに見つかるといろいろうるさい。だから、お巡りさんと学校の先生に見つからないようにお願いしておくほうがいい。「お巡りさんと先生に見つからないようにつきあってくださいね」と。
 見つからないようにするためにはどうすればいいか。家に来てセックスをしていただくのが一番いいです。「ぜひ、わが家でやってください」とお願いする。鏡台の引き出しにそっとスキンを入れておいて、娘がそれとなく引っ張り出せるようにしておいてやればいい。そういうふうにしておけば、どこかへ外泊することはないわけで、外泊するということは、この家じゃ男の子と一緒に泊まれないからでしょう。この家で男の子と一緒に泊まれるなら、外泊しないで男のほうが外泊に来ます。どっかへいるわけですから、向こうの家も泊まるのに都合が悪い家だったら、そのどっちでもない家に外泊する。だったら、このお母さんの家にこの2人がいるのがいいか、相手の男の子の家に2人がいるのがいいか、そのどっちでもないところへ2人がいるのがいいか、この3つの中から1つ選べる。
 2人が別々にいるというのは選べないんです。そんな生木を裂くような野暮な考えを持ってはいけません。というわけで、私は自分の家にいるというのが一番好きですから、子どもたちがもしも「家に来る」と言ったら来てもらう。そして、「お邪魔かしら?」と聞いて、「邪魔だ」と言われたら、私のほうがどこかホテルに泊まりに行く。「どうぞごゆっくり」と言って。このほうが安全なんです。そうやっておくと、どんなことが起こるかというと、多くはたぶん別れるでしょう。冷たい言い方ですけど。
 高校1年生くらいの男女が、結婚まで行くというのは珍しいです。いろんな点で、発達心理学的にも生物学的にも珍しいんです。もちろん、結婚までいくこともあります。でも、たぶん別れるでしょう。そしてまた別の男の子とつきあいます。そうやって経験を積んでいって、やがて本当のセックスパートナーとしての相手を見つけ、それが本当の生活パートナーになっていくでしょう。それがとても望ましいコースです。別れるにしても、親がうるさく言っていないほうが別れやすいんです。親が、「別れなさい、別れなさい、そんな不潔なことはやめなさい」と言っていると、どんなことが起きるかというと、別れると子どもの負けで、別れないでいると親の負けでしょう。そしたら、子どもは負けないために、相手が嫌いになっても無気になって別れないでいますよ。それはあまりいい状態ではない。だからあまりかまわないほうがいい。

 要するに、何が迷惑なのか、そのことで親にどんな迷惑がかかっているのかをはっきりと考えてみてほしい。外泊とか門限破りとかという問題に関しても、何が迷惑なのか考えるとわかります。わが家のお坊ちゃまも、一度門限破りみたいなことをやりました。「まぁ帰りが何時になってもかまわないですが、あんまり遅くなったら電話をください」と言っていたのに、10時なっても帰ってこない。パチンコ屋ではないですね。パチンコ屋は10時に閉まりますから。12時になっても帰ってこない。これは警察でもないと思いました。警察は12時を超えて人を置いておくと、家庭裁判所に連絡しなくてはならないので、手続きが面倒臭い。だから補導しても、12時には家に帰したがる。だからきっと違うだろうと思った。病院でもない。病院だったら電話がかかってくるはず。ということは、友だちの家です。それならかまわないです、どこにいてもらおうとも。無事でさえいてくれたら。で、機嫌良く寝ました。そしたら午前5時ごろに帰ってきました。狭い家ですから、音で目が覚めました。起きて覗いたら、ゴソゴソきまり悪そうな顔をしている。
 はい、ここで一言。親というものはこういうときに何を言えばいいか?私は二言(ふたこと)だけ言いました。せっかく帰ってきたんだから、「お帰り」と言い、まだ眠かったから、「お休み」と言った。それでそのときは終わりです。2,3日してから、機嫌のいいときに、ちょっと話をしました。「この間は遅かったというか早かったというか、あれはちょっと困ります」。何が困ったか。実は自分でもよくわからなくて考えてみました。わかったのは、玄関の鎖錠をかけていいのかいけないのかわからなかったこと。私が寝る11時くらいまでに帰ってくるんだったらいいけど、それ以後になるなら錠をかけたい。鎖をかけていると彼が入れなくなる。だから、「鎖錠をかける都合があるので、11時以後に帰ってくるときは電話がほしい」と言いました。彼はわかってくれたんでしょう。それ以後こういうことはありませんでした。
 基本的には、彼が何時に帰ってこようが僕はかまわないんです。彼がどこで泊まろうが、何時に帰ってこようが、それくらいは僕でも息子を信頼していますから。
 彼はバクチ打ちでね、マージャンをやっていたんです。よく何人か集まって、友だちの家でやっていたんです。向こうの家に迷惑かけて悪いかなとも思ったんですが、何も言ってこないから別にいいんじゃないか。向こうの親から何か言ってきたら、彼に話をして共同の課題にすればいい。僕は、「じゃあ、ときどきはうちでやってもらいましょう」と言おうと思っています。一方的に向こうの家ばかりに迷惑をかけるのはイヤでないこともないですが、こちらから向こうの親には言わない。息子がイヤがりますから。こっちから向こうの親に言うと、子どもの顔がつぶれますから。

 話を戻して、いったい外泊で何が困るのか、一度よく考えてください。娘さんが男の子とつきあうことで何が迷惑なのか。どうすれば外泊というのをそのまま置いておいてでも、迷惑をなくすことができるのかを、ね。


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