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舘野泉さん

 投稿者:有元容子  投稿日:2022年 1月12日(水)14時51分51秒
  こんにちは。
今日の愛媛新聞四季録のエッセイは四阪島のことです。
昔のことなので違う部分があるかもしれませんが、、。
 
 

工場の音

 投稿者:谷口の息子  投稿日:2022年 1月 8日(土)22時15分21秒
  皆さんこんにちは,私にも一つ一つの音に思い出があり懐かしく思い出しています、

スキップ巻きは、主に新人の役割で、羽口の作業は、知識、体力が必要なのでベテランさんの

役で憧れでした。すべての音に,みなさんのお父さんが係っていたと思います。

五日から島に行っています、毎日防寒対策をして甲板に乗っています、今朝は石鎚山がきれ

いに見えました。皆さまの投稿が無いとさみしいです。

 

面白いです~~!!

 投稿者:有元容子  投稿日:2022年 1月 8日(土)10時14分14秒
  谷口様
ありがとうございました。音の正体がよくわかりました。
今まで何がどうなつかしいのか、よく考えたことがなかったのですが、あの音も大きな要因だったと思いました。
なるほど~~とものすごくよく納得しました。
考えたら、学校の窓は今のような2重ガラスなんてなかったし、遮音などしてなかったはずですから、あの音の中でよく勉強したものだと思います。なつかしいです。
 

工場の音

 投稿者:谷口の息子  投稿日:2021年12月30日(木)08時26分43秒
編集済
  容子さん皆様こんにちは、

工場の音の正体を説明します、カラカラガラガラの様な音が1時間おき位に聞こえていたのわ

転炉から出たカラミを溶鉱炉え入れるため1段高いところえスキップ巻き(ケーブカーの様なもの)

で頂上で傾転し落ちる時の音です。

シューパー空気音の裂ける様な断続音が10分位続いた音は、転炉内に高圧エアー(酸素)をい

れる羽口の先の詰まりを除く時に出る排気音です、炉内のサンプルも取れました。
ど、ど、どとの連続音は高圧エアーを作るためのブロアー(コンプレッサー)の音です。
ゴーゴーの風の連続音は、昭和44年頃からですが、東工場、溶鉱炉に入れる空気を熱する為

の熱風炉の排気音です,音が大きく、日暮地区からクレームがあり排気口の向きを変えました。

私は1回だけ聞いた音です、昭和30年6歳頃、当時カラミは溶体のまま海に投棄していました

銅分が混ざっていると、水に触れた途端に水蒸気爆発を起こします、一発でなく三回位爆発

したと思います。

他はモータの音トラック、岸壁のクレーン等々の音、朝昼夕のサイレン音は今も50年前と同じ

音色で鳴っています。


 

四阪島のことを少し書きました。

 投稿者:有元容子  投稿日:2021年12月29日(水)13時29分0秒
  今年最後のエッセイです。愛媛新聞四季録12月28日号です。  

二宮金次郎像

 投稿者:有元容子  投稿日:2021年10月29日(金)10時04分5秒
  谷口さま
ありがとうございます。
私は先週末に東京に戻りましたので今回は機会がありませんが、次回行ってみて来たいです。
学校へ行くとこの像があり、本当に毎日のことでしたが、今となって、こんなに懐かしいとは。

11月の写真展は見られません。残念です。
 

二宮金次郎像

 投稿者:谷口の息子  投稿日:2021年10月24日(日)13時52分12秒
  昨日島で、二宮金次郎像を修復後、日暮別邸に移転すると教えていただき、見てきました。

見事に男前になって西向に立っていました。

11月に島の生活写真展が開催されます、ぜひ見に来てくださいとのことでした。
 

水船

 投稿者:有元容子  投稿日:2021年10月15日(金)16時56分1秒
  四阪島の私の家の台所の窓から、夏は海水浴場になる海とその先は魚島だという海が見えました。
新居浜からくる水船が私の右手の方からずっと動いてきて、あれは糯が岡?でしたかね。そこの影に隠れるまでず~~っとみていました。

嵐の日なんて、こういうと悪いのですが楽しくて、あの大きく揺れる船を見ているのがなんとも飽きず、これもずっと見ていました。
瀬戸内海は船の往来が激しくて、よその海、日本海や太平洋などと違って穏やかな島の間の海を縫って大小さまざまの船が行き交うのが特徴だと思いました。
でも四阪の沖合はあまり船が通らなくて、水船と新居浜を往復する船が見えるので、それが楽しみでした。
 

校舎のこと

 投稿者:有元容子  投稿日:2021年10月15日(金)15時08分21秒
  こんにちは。
そうでしたか。いつか島に行けることがあったら、瓦を探してみますね。
なぜこんなに校舎を気にしているのか、と考えてみたら、多分小学校の5、6年生の教室が工場側にあったこと、中学の校舎の教室の窓からも工場がまるまる見えたこと。
このことが工場とあの大きな煙突を忘れられずに心の中に大きな思い出として残っているのではないかと思います。
私は島で生まれたので、こういうことが当たり前のように思っていましたが、子供心にもこの日常はすごく印象に残っているのだと思います。
授業中でも工場の音、色々な機械や設備が動き回っていたこと、煙突のあるところから階段状になった各工場の建物を忘れることはできません。
 

父と水船

 投稿者:谷口の息子  投稿日:2021年10月14日(木)23時11分28秒
  父は水船の船長を長く勤めました、365日正月も休みなし、当時は西工場、東工場社宅用と

三か所単独で水を揚げていました、海が荒れると着岸が厳しくなり大変苦労したそうです、

対策として三か所全部パイプでつなぎ海が荒れても波のない方で揚げれるからと提案しても

採用してもらえず、その後島の所長さんが船に便乗することがあり、直訴したところ、即採用

され、褒めてもらったそうです、それから海が荒れても、水の心配がなく、水船も日進丸

えと大きくなり、風呂は海水から真水になり、各家庭に水道が引かれるようになりました。

 

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